西安金橋国際旅行会社と陝西友聯国際旅行会社のブログ

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陝西省城固県 オレンジが豊作

秋になり、陝西省漢中市城固県で23万ムーにわたりオレンジが豊作となった。近年、秦嶺南麓にある城固県は優良品種および現代農業技術を積極的に導入し、オレンジ産業の発展を後押しし、地元のオレンジ産業の現代化グレードアップを促している。オレンジ産業は県の農業産業化と農民の収入増加を促す基幹産業になっている。

 

秦嶺のパンダの赤ちゃん、すくすくと成長中

西秦ジャイアントパンダ研究センターで20日、職員がパンダの赤ちゃんの世話をした。
 陝西秦ジャイアントパンダ研究センターのパンダの「丫丫」「楼生」「正正」が今年、4頭の赤ちゃんを出産した。職員の心のこもったお世話により、パンダの4頭の赤ちゃんがすくすくと育っている。陝西秦ジャイアントパンダ研究センターで人工飼育されているパンダは現在36頭にのぼる。

  「中国網日本語版(チャイナネット)」2021年8月28日

秦嶺パンダセンターで今年1頭目のパンダの赤ちゃんが誕生―中国

秦嶺パンダセンターで今年1頭目のパンダの赤ちゃんが誕生―中国

26日午前7時35分、陝西省西安市周至県の秦嶺ジャイアントパンダ研究センターで、パンダの楼生(ロウション)がメスの赤ちゃんを出産した。体重は121グラムで、同センターで今年生まれた1頭目のパンダの赤ちゃんとなった。中央テレビニュースが伝えた。

 

ロウションは、陝西省で初めて人工繁殖・飼育に成功したパンダで、2003年生まれ。2009年と2014年に、双子の赤ちゃんを出産し、2017年には、強生(チャンション)、2019年には秦酷児(チンクール)を出産した。
技術スタッフは3月12日、ロウションに対して人工授精を実施した。今月26日早朝、出産の兆候が表れ、ロウションは7時35分に、無事赤ちゃんを出産した。現在のところ、母子ともに健康。(提供/人民網日本語版・編集/KN)

革命聖地巡る「赤色観光」盛ん 中国共産党、創立100年

中国共産党が七月に創設百年を迎えるのを前に、政府は党員や国民に、革命史跡を巡る旅行「赤色観光」への積極的な参加を呼び掛けている。愛党精神を高め、習近平(しゅうきんぺい)指導部への求心力を強める狙いだ。革命史跡は経済発展から取り残された山間部に多く、地方経済てこ入れや貧困対策の効果も見込む。(中国総局・坪井千隼、写真も)
 丘の斜面に沿って、建国の父・毛沢東ら当時の党幹部が暮らした横穴住居「窰洞(ヤオトン)」が並んでいた。内部は昼間でも薄暗く、家具も質素だ。
 五月上旬、陝西(せんせい)省延安(えんあん)の党旧跡では、中国各地から訪れた観光客でにぎわっていた。「当時の党幹部たちがこんなに粗末な家に暮らしていたんだと驚いた。豊かな生活に慣れた今の私たちは、こんな環境は耐えられない」。天津から家族で訪れた董宝良(とうほうりょう)さん(61)は笑った。延安は共産党が国民党から逃れ、一九三七年から十年間拠点を置いた革命聖地。共産主義を象徴する色にちなんだ「赤色観光」の代表的なスポットだ。
 赤色観光は愛国精神を高めようと二〇〇四年に始まった。政府は延安のほか、一九三一年に毛らが臨時政府を樹立した江西...

陝西省ビャンビャン麺、世界から注目を浴びる

中国と世界の結びつきが日増しに緊密になるなか、外国人から注目され好まれる中国料理が増えている。陝西省の有名料理「ビャンビャン麺」はこうして、海外で新たにブームになった。
 英BBC(電子版)はこのほど「西安の美食、漢字で書けない中国の麺料理」と題した記事の中で、西安市の街頭の料理人がビャンビャン麺を作る様子を詳細に伝えた。記事の内容は下記の通り。
 この麺の名前は、生地をまな板に何度も打ち付ける時の音から来ている。「ビャン」の漢字には「糸」「馬」「長」などがあり、西安の古代シルクロードの出発点という歴史的な地位、当時の主要交通手段だった馬への人々の敬意、麺の長さの特徴が分かる。画数が多く複雑な「ビャン」は正式な漢字ではないが、この見た目も風味も一風変わった麺は世界を風靡している。
 ビャンビャン麺は過去数百年に渡り、中国では目立たない郷土料理だった。近年SNSが「ビャン」の漢字に興味を示し、この料理が広く知られるようになった。
 米NYや英ロンドンで陝西風味の料理店を開く数人の経営者は当初、郷土料理により故郷への思いを満たしたいというシンプルな発想を持っていた。涼皮、肉夹モー、ビャンビャン麺などの陝西風味の料理を味わう人が増え、外国人の中国料理への理解が深まり、多くの人が中国料理の地域差を意識するようになったという。外国人の中国料理への認識はもはや広東料理の点心、上海の小籠包、四川省の辛い料理といった定番に留まらなくなった。
  「中国網日本語版(チャイナネット)」2021年5月29日

革命根拠地から発展した村ーー照金鎮

 

陝西省銅川市照金鎮は多くの英雄が活躍した土地です。劉志丹や謝子長などの古き革命家らは1930年代初期、照金を中心に陝甘辺革命根据地を設立しました。
 中国共産党習近平総書記は2015年に照金地区を視察した際、「革命根据地を対象とした歴史的研究を強化し、経験を総括し、革命精神と優良な流儀をより良く発揚する必要がある」と指摘しました。
 照金鎮内の聖源コミュニティーでは、他の地域から移住してきた住民が暮らしています。移住民の就業問題を解決するために、2019年には陝西照金領尚服飾有限公司がコミュニティー内に建設され、就職できた人と研修を受けた人は計150人に達しました。
 今では照金鎮にまでハイウエーが通り、移住民のためのコミュニティーが設立され、コンビニエンスストアや、体育館などのインフラ施設も整備されるなどで、かつての辺縁の地の遅れた村は、その名もとどろく観光地へと、驚くべき変貌を遂げました。(怡康、鈴木)

陝西省で漢代の「火鍋」が出土

陝西省咸陽市文物考古研究所は秦都区馬泉街道姜家村の一帯でこのほど、漢代の墓137基を発掘・整理した。陶器、銅器、玉器、鉄器などの副葬品が587点(セット)出土した。墓は前漢初期から王莽の建てた「新」王朝にかけてのもので、うち大半が前漢の中・後期に集中している。

 

考古学の作業員はここでさまざまな形状をした中が空洞でレンガ造りの墓を46基発掘した。その数と種類はいずれも咸陽市で史上最多となっている。うち「M51」から発掘された出土品は種類が豊富で、形が精巧で美しい。竜鳳型玉觿や玉剣彘、戦国銅剣などの出土品が見つかっており、墓の主の身分・地位が高かったと推測されている。

 

特に「M51」から出土した銅染爐は、江西海昏侯墓から出土した銅染爐と形が似ている。情報によると、銅染爐は漢の食器で、使用する際にまず染爐青銅盤の下に木炭を入れ、上の把手にタレを入れる。私たちが今日食べる火鍋に似ている。

 

研究者は発掘資料と合わせ、この墓地は茂陵邑もしくは平陵邑の住民の埋葬地だったとみている。今回出土した美しい文化財は、漢代の文化、葬儀・埋葬制度、食糧作物の研究に重要な資料を提供している。(編集YF)