
【新華社西安4月23日】中国社会科学院はこのほど、2024年の中国の考古学上の新発見として陝西省宝鶏市の周原遺跡を選んだ。同遺跡で見つかった先周時代の大型版築(はんちく)建築群は、この地が商(殷)王朝を滅ぼす前の周人の都邑(とゆう=都城)であったことを示す重要な証拠となった。
「周原」はかつて文献にしか登場しない名称だった。文献によると、周人の先祖である古公亶父(ここうたんぽ)が3千年以上前に一族を率いて「周原」に移り住んだとされる。周原遺跡は古公亶父が岐山の麓に移った後の周人の活動の中心地であったと考えられている。
同科学院考古研究所の宋江寧(そう・こうねい)副研究員によると、広義の周原は東西70キロ以上にわたって広がり、渭河(いが)の両岸にまたがっている。その中で遺跡の面積が大きく、密集し、集落のグレードの高いのが狭義の周原遺跡で、宝鶏市の扶風県と岐山県の境界にある20余りの自然村を含み、面積は約30平方キロだという。